出雲大社の歩き方

縁結びで有名な出雲大社や出雲の魅力について語ります

【因幡の白兎】兎の予言によって絶体絶命に追い込まれた大国主命〜後編〜

前編ではイタズラをして痛い目にあった白兎を大国主の叡智が救ったお話しでした。

 

 前編はこちら

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そしてそんな命の恩人である大国主命に、白兎はある予言を伝えたのでした。

 

貴方は八上姫と結ばれます

 

そんな大国主命のその後の運命や、いかに!?

 

 

八上姫との出会い

出雲の国から遥々と旅をして来た大国主命とその兄の八十神(やそがみ)たち。

 

いよいよ絶世の美女「八上姫」と出会えました。

 

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八十神たちは八上姫に求婚をします。

 

ところが八上姫の答えは意外なものでした。

 

八上姫「わたくしは貴方達とは結婚致しません。わたくしが結ばれるのは大国主命です」

 

なんと白兎の予言通り、八上姫は大国主命を指名したのです。

 

そして、大国主命は八上姫と結ばれます。

 

大いなる陰謀が動き出した事に気付かないままに・・・

 

 

八十神の陰謀

八上姫の一件ですっかり恥をかかされた八十神は弟である大国主命殺害を計画します。

 

八十神はまず大国主を山へ呼び出します。

 

八十神「これから俺たちは猪狩をする。この山には赤イノシシがいるらしい。お前は山の麓で待っていて、俺たちが追い込んだ赤イノシシを捕まえよ!」

 

と言って大国主命を山の麓に待たせると、

山の上から真っ赤に焼けた大石

を落とし、大国主命を殺してしまいました。

 

それを知った大国主命の母はたいそう悲しみ、高天原天照大御神らが住む世界)へ行き、

神魂カミムスビ)に相談しました。

 

 

神魂と女神たち

大国主命の死を知った神魂は娘である二柱の女神を遣わします。

 

枳佐加比売命(キサカヒメ)

宇武賀比売命(ウムカヒメ)

 

この二柱の女神は見事、大国主命蘇生させる事に成功しました!

 

このことから出雲大社大国主命を祀る御本殿内に、

 

神魂伊能知比売神社に祀られています。この摂社の読み方は、

 

カミムスビイノチヒメジンジャ

 

と読み、又の名を天前社(あまさきしゃ)と申します。

 

 

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ところが女神に命を救われた大国主命でしたが、次なる試練が待っていたのです!

 

 

まだまだ続く八十神の陰謀

大国主命の復活を知った八十神は、またしても大国主命を呼び出しました。

 

今度は罠を仕掛けたのです。

 

大きな木を半分に切って楔(くさび)を打ち込み固定。

 

その木の間に大国主命を押し込むと、楔を引き抜きました。

 

大国主命は勢いよく戻ってきた木に挟まれて死にました。

 

もうよくわかりませんが、ショートコントのネタの様な殺し方。大掛かりなセットとリアクション芸の様な・・・

 

そしてまたしても大国主命は復活を遂げます。2度も殺された息子を見かね、母は木の国のオオヤビコの元へ行くように指示をします。

 

オオヤビコの元へ逃げ込んだ大国主命

しかしそこにも八十神の手が・・・

 

八十神はオオヤビコに、

大国主を引き渡せ!」と迫ります。

 

そこでオオヤビコ大国主命をこっそり逃し、スサノオが住む根の国に行くように指示をするのですが・・・

 

 

白兎と八上姫が暗示するもの

白兎の突然の予言、そして八上姫の言動によって大国主命は一瞬の幸せを手に入れます。

 

しかし、それが原因となって命を狙われる事にもなりました。

 

まさしく口は災いの元ですね。

 

八上姫の言動は、自分のことを慕ってくれている人の気持ちを踏みにじるものでした。

 

自らの想いを成就する為に行動を起こすことは大事な事です。もしかしたら白兎から大国主命の事を事前に聞いていたのかもしれません。

 

どんなに自分の意見が正しいものであったとしても、人の気持ちって、

「正しい事を言えば変わるものではありません」よね?

 

そして、この八上姫のこの時の振る舞いが原因で、大国主命だけでなく自分自身も数奇な運命をたどる事になるのです。。

 

この続きはまた次回!

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!

 

皆様に良いご縁が結ばれますように!

 

 

【因幡の白兎】大国主命と八上姫のご縁を予言!?〜前編〜

出雲大社の境内にも沢山いる、あの兎。

 

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実は凄い縁結びのパワーを秘めた兎なんです。

今回はそんな兎の神話をお届けします。

 

大国主命と八十神の旅

むかーしむかし。出雲国大国主命という神様がいました。

 

大国主命は沢山の兄たちとともに旅をしていました。

 

絶世の美女と謳われる八上姫(やがみひめ)に会いに行くため、多くの兄の八十神(やそがみ)と因幡(いなば)の国を目指していたのでした。

 

大国主命は八十神の荷物持ち係です。

大きな袋を背負って、八十神の後を追います。

 

荷物が重いので兄たちとは随分と離れてしまいました。

 

因幡の国の砂浜に着いた時、一羽の兎が泣いていました。

 

よく見ると身体中の毛がむしられ、丸裸になった皮膚は真っ赤にただれています。

 

先に兎に出会ったのは八十神たち。白兎になぜ泣いているのか理由を聞きました。

 

 

因幡の白兎が泣いていた理由

白兎はこれまでの経緯を話し始めました。

 

海の向こうに浮かぶ沖ノ島に渡りたいと思って、どうやって渡ろうか知恵を巡らせていた兎。

 

サメを騙して利用する事を思いついたのです。近くにいたサメにこう言いました。

 

兎「俺たち兎と君たち鮫では、どちらが数が多いと思う?」

 

鮫「俺たち鮫の方が多いに決まっている」

 

兎「それなら全員集めてみなよ!俺が数えてやろう!」

 

鮫「望むところだ!」

 

こうして鮫の群れが砂浜から沖ノ島までズラリと並ぶと、兎は鮫の頭を飛び越えながらその数を数えました。

 

鮫を数えるのを建前として、沖ノ島で用事を済ませた兎は、もう一度数えると言って砂浜側に帰る方向で鮫を飛び越えていきます。

 

もう少しで砂浜に降り立つというところで、兎は大声で得意げに言いました。

 

兎「なんと愚かな鮫よ!利用されているのも知らずに!俺は沖ノ島に行きたかっただけなのさ!」

 

すると、兎は激昂した鮫の群れに身ぐるみを剥がされ、白い羽はことごとくむしられ、ボロボロになってしまったのです。

 

八十神と白兎

最初に兎を見つけたのは八十神たち。兎の話を聴くと、イタズラ心が起きてしまいました。

 

八十神「大変だったね。早く元の毛が生える方法を教えてあげよう。

 

海の水で身体を洗って、岬で風に当たっていなさい。しばらくすれば傷も癒えるでしょう」

 

兎は言われた通りにして、海の水で身体を洗って、風に当たっていました。

 

ところが傷は癒えるどころか、海の塩が傷口に染みて、さらに風に当たるとその傷がじんじんと痛みます。

 

あまりの痛さに今度は泣き叫んでいると、そこに大国主命がやって来ました。

 

 

大国主命と白兎

白兎からこれまでの経緯を聴くと、大国主命は言いました。

 

大国主命「河の水で身体を洗って、蒲(がま)の草を取って来て地面に敷き詰め、その上に寝転がって休みなさい。」

 

兎は言われた通りにして、河の水で身体を洗って、蒲の草の上に寝転がって休みました。

 

すると、みるみる内に傷は癒え、元の綺麗な白い羽を取り戻したのです。

 

白兎は大国主命に大変感謝し、とても重要な予言をします。

 

白兎「これからお会いになる八上姫と結ばれるのは八十神ではなく、大国主命です。

 

そして、白兎の予言通り大国主命と八上姫は結ばれる事になるのです。

 

 

まとめ

イタズラをしてはいけないと言う様な教訓めいたお話かと思いきや、突如として予言を繰り出す兎。

 

大国主命の医療に精通した的確な指示など、物語は色々な要素を含んでいます。

 

そしてこの物語はここで終わりません。

 

このお話だけだと

白兎はご縁結びの神様!

大国主命は優しくて聡明な神様!

という話に見えますよね。

 

次回、この続きは意外な方向へ・・・

 

 

【神奈備山】その名前に隠された本当の意味とは!?

出雲には神奈備山、神名備山または神名火山と称する山がある。読み方はいずれも「かんなびやま」です。

 

神の名を備える山と書かれると、一見して「神社がある山」あるいは「お祀りごとをする山」というイメージに見えるかもしれませんね。

 

実は違います。

 

「なびる」とは古い言葉で

「お隠れになる」という意味です。

 

つまり神名備山とは神様がお隠れになる、お墓のような、死後のお祀りの場所だったのです。

 

神奈備山の特徴

神奈備山に選ばれる山には共通した特徴があります。

それは綺麗な三角形であること。

 

これは諸説ありますが、出雲の古い言い伝えでは古代の龍神信仰が関係しているとと伝えられています。

 

つまり、龍または蛇が

とぐろを巻いている姿を連想したのでしょう。

 

この名残は神奈備山だけでなく、神社の境内でも見ることができます。砂山が綺麗な三角形に盛られている事があるのですが、決して子供のいたずらで作られたものではありませんよ。

 

決してこの砂山にはふざけて登ったりしないようにしてくださいね。

 

 

古代出雲のお葬式

王家の方が亡くなると、いえ、亡くなりそうになるとその家の人たちは面会することを忌み嫌いました。

 

肉体とはこの世での借り物であり、魂にこそ価値がある、魂はもっと永い時間を生きれるものだと信じていたのでしょう。

 

肉体の死が近づくと、その魂をどのように神聖なところへ導くのかを考えたのだと思います。

 

そしてその肉体が完全に機能を停止すると、故人は口に漏斗を差し込まれました。

 

漏斗からは大量のが流し込まれ、朱は血管のすみずみにまでいきわたると、死臭を放つことなく、腐敗の速度も緩やかになりました。

 

故人は次に膝を抱えた姿勢にされ、篭に納められると、神名備山に連れて行かれます。

そして風葬にされたのです。

 

3年の歳月が過ぎ、肉体が完全に白骨化した折をみて、お迎えに行きます。

遺った骨は綺麗に磨かれ、丁重にお祀りされたのだといいます。

 

 

風葬の場所には目印がある

故人が篭に入れられ風葬にされた場所には目印が残ります。個人を入れた篭は木の陰に隠されたのですが、その隠した場所の目印として木の周りに垣根を巡らせました。

 

そしてその木には個人の魂が宿る、神が宿ると考えられ、「神籬(ひもろぎ)」と呼ばれるようになったのです。

 

 

そしてこれが神社の境内に見られる、

「御神木(ごしんぼく)」の起源

でもあるのです。

 

 

 

神籬に選ばれた檜

神籬に選ばれる木は「檜(ひのき)」でした。

 

以前、「おむすび」という言葉の由来について同じような事を書きましたが、

檜とは別名「霊の木」とも書きます。

 

木に詳しい方はお分かりかと思いますが、檜というのは丁寧に手入れをすれば永遠に腐りません。

 

神社の建築資材として檜が用いられるのはそのためです。遷宮の時に解体した古い社殿の資材は、丁寧に鉋(かんな)をかけると、また資材として使えるのです。

 

特に大きな神社の遷宮で発生した古材は、近くの神社の遷宮で再利用されるなど、有効活用されるのです。

 

檜は永遠の命の象徴、神の魂が宿り永遠を生きると信じられたのでしょう。

 

 

現代の神奈備

現代では殆どの神奈備山が名前を変更されてしまいました。

 

出雲地方では大山、仏教山などが神奈備山です。関西では大神山ですね。

 

死に関わるような名前が付いている山は、もしかすると古代の神名備山かもしれません。

 

山の形を見たり、古代の斎場跡や、神籬がないかなど痕跡を探してみると案外見つかるかもしれませんね。

 

そうした山は神聖な場所ですので、決してふざけたり、穢れた行為をお勧めしません。

 

神奈備山は山自体が御神体と考えられる場合もあります。祖先の魂に失礼がないように振る舞いたいものです。

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!

 

皆様に良いご縁が結ばれますように!

 

 

 

出雲大社の最大の謎!なぜ大国主命は西を向いているのか!?

出雲大社の最大の謎、それは

御神体が西を向いている件

 

色々な学説や言い伝えがありますよね。

御神体だけでなく、しめ縄も他の神社とは逆です。

 

なぜ出雲大社はこのように大和系神社とは違うのか!?まずは建築様式について詳しく解説してみましょう。

 

神社の二大建築様式

神社建築には大きく分けて2つの形式があります。「大社造」と「神明造」です。

 

他にも流造、八幡造、住吉造、春日造など様々ありますが全てこの2つの建築様式から発展したものです。

 

源流である2つを覚えれば理解しやすいので、覚えてみてくださいね。

 

神明造(しんめいづくり)

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伊勢神宮に代表される建築様式。

屋根が平になった側に入口が付いているため、「平入り(ひらいり)」と呼ばれる。

 

お米などの穀物を保管する倉庫から発展した建築様式であり、最大限収納出来るように部屋内に柱などの障害物がない。

 

神社の場合、御神体はお部屋の真ん中に置かれ、入口の方を真っ直ぐに向いている。

 

つまり神様は

真っ直ぐに参拝者を見ている。

 

 

 

大社造(たいしゃづくり)

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出雲大社に代表される建築様式。入口は屋根が妻になった側に付いているため「妻入り」と呼ばれる。

 

住居から発展した建築様式である。屋根を伝い落ちてくる雨水が、建物に出入りする人にかからないようにするため妻入りが採用されたと考えられています。

 

住居である事から寝床が見えないように、入口との間に間仕切り壁がある。

 

神社の場合、寝床の位置に御神体が置かれる。

 

建物の構造上、神様は

入口に対して横を向くのです。

 

神社や神棚は一般的に東か南を向いています。出雲大社の御本殿入口は南を向いている為、御神体は必然的に西向きになります。

 

しかし、住居の構造を神社用に改造する事なく、なぜそのまま用いたのかという疑問は残ります。

 

神社とは神様にお祈りする為の建築なのに、神様が参拝者の方を向いていないというのは理に叶いません。。

 

 

出雲大社御本殿は西から拝む!?

最近多くのツアーガイドさんがこう言います。

大国主命は西を向いているから、西側から拝んだら良いのだ。

 

そして、出雲大社もわざわざ西から拝める場所を作ってしまいました。

 

そしてこのように言っている事が多いのです。

 

大国主命に正面からお願いすれば縁結びが叶う

 

信じるものは救われるという言葉がありますが、果たしてそうなのでしょうか?

 

近年のご利益信仰は感謝も努力も忘れて、

「神は願いを叶えるのが仕事」

と言わんばかりです。

 

この神社がなぜこの建築様式を選ばれたのか、その理由を考えずに自分勝手な参拝ルールを選ぶのはご利益信仰が蔓延した結果と見えます。

 

祈願の仕方を忘れた日本人は、西洋と同じやり方で、神様に愚痴や懺悔や願いをいきなりお伝えしています。

 

その神様のご神徳はおろか、名前まで知らない段階で願うのです。

 

願いごとをするからには、自ら名乗り、日々の感謝を伝えて、次の目標に向かう決意をする、そして神様のご神徳の範囲で援助をお願いするのです。

 

神社は本来、自分の利益の為に祈るところではありません。

 

貴方は西側から拝みますか!?

 

 

大国主命が西を向いている本当の理由は誰も分かりません。それどころか、御本殿のまわりに巡らされた二重の垣根の意味もわかりません。

 

 

 

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出雲大社のお祀りの仕方は、大社創建以来、色々としきたりが変わってきました。

 

1番大きな変化は大国主命を祀っていないことさえありました。

 

ご縁結びブームと大国主命への篤い信仰は決して悪いことではありませんし、地元民としては大変有り難い事です。

 

しかし、観光のネタづくりのために伝統を変えることには、慎重になった方がいいと感じています。

 

西から拝みましょうという流れは、誰がいつから言い出したのでしょうか。。。?それも謎です。

 

 

 

【天皇譲位】知られざる天皇の職務〜祈り〜

天皇陛下が行われる職務は大きく分けて2つに分類できます。

 

  1. 国事行為 日本国憲法に定められた仕事
  2. 宮中祭祀 天皇陛下自発的な行為

 

今回はこの2つのうち、

宮中祭祀の事を書いてみようと思います。

 

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天皇陛下が行われる最も尊い行い、それは祈ること。

そしてそれは憲法や法律によって定められたものではありません。

 

歴代天皇陛下は自発的な想いによって、この国の平和を祈願していらっしゃいます。

 

そしてその起源はなんと古事記の時代にまで遡るのです。

 

 

天皇陛下が祈る理由〜三大神勅

天皇陛下の祖先は古くは天照大御神に起源を持ちます。日本建国の前、天照大御神は日本の統治を孫の邇邇藝(ににぎ)に命じます。

 

その際に、君主としての心得を3つ伝えたのです。それが三大神勅といいます。

 

神勅(しんちょく)とは詔(みことのり)ともいい、古くは神様・現代では天皇陛下がお命じになることを意味します。

 

三大神勅

  1. 天壌無窮の神勅(てんじょうむきゅう)
  2. 宝鏡奉斎の神勅(ほうきょうほうさい)
  3. 斎庭稲穂の神勅(ゆにわいなほ)

 

天壌無窮の神勅

この日本は天照大御神の子孫がシラス国である。君主としての自覚を持って治めなさいと仰った。

 

シラスとは「知らす」「統らす」「治らす」

 

つまり、統治するとは知ること

 

国民の事や国の状況を知れば知るほど、その安寧を願わずにはいられなくなり、知れば知るほどその祈りの内容は具体的なものになります。

 

天照大御神は君主のあるべき姿を、

民の事を知ろうとしなさい

と説いていらっしゃるのです。

 

 

宝鏡奉斎の神勅

天照大御神三種の神器の1つ、八咫の鏡を手渡して仰った。

「鏡を私だと思って毎日祀りなさい」

 

鏡を天照大御神だと思えとはどういう事でしょうか。鏡に映るのは自分の姿です。

 

その姿が神に近づくためには私利私欲を捨てなさい。つまり我を捨てよという事。

 

鏡から我を取ると神となります。

 

つまり君主とは、より神様に近づくために、

を捨て、民のために尽くせ

天照大御神は仰っているのです。

 

 

斎庭稲穂の神勅

天照大御神はお米の稲穂を手渡して仰いました。

「お米を作り、民が飢えることのない国を作りなさい」

 

農耕を奨励し、備蓄可能な米を栽培する事で、民の命を守りなさいと仰った訳です。

 

 

 三大神勅を厳格に守る天皇陛下

三大神勅の中で最も大事な事は、

「祈れと命じていない」事です。

 

それなのに天皇陛下は祈っていらっしゃいます。

 

なぜでしょう?

 

天照大御神国の事をよく知りなさい・国民が飢えないようにしなさいとだけ仰っています。

 

逆に言うと天皇陛下はこのように考えていらっしゃるのではないでしょうか?

 

「国民は飢えていないか!?食べ物は足りているか!?」

「何か困っている国民はいないか!?どの地域も安全か!?」

 

毎日毎日このように考えていらっしゃれば、どうなるでしょうか?

 

仮に国民は困っていないと知れば、感謝の祈りをしたくなります。

 

仮に国民が困っていると知れば、問題解決を祈りたくなります。

 

そして、知りたいという欲求を強めるほどに「他人とは思えなくなる」

 

そして、国民が「家族と同じように心配になってくる」

 

天皇という職務はまさに自分の事はさて置いて、他人を知る事に全力を注ぐのです。

 

他の国にこんな君主がいるでしょうか!?

 

まさしく天皇陛下は日本国民の象徴であり、日本国民の民族性を代表する象徴なのです。

日本国憲法に規定された「象徴」とは、古事記の時代から伝わる職務を全うし、日本人の価値観を決定づける天皇陛下の存在を示した言葉でしょう。

 

 

宮中祭祀は非公開である

天皇陛下が皇居で行う祈り、「宮中祭祀」は非公開ですが、言い伝えによればその内容は大変過酷です。

 

例えば、天皇陛下が自ら神前でお祈りをささげる神事は、前日から不眠不休で穢れを取る潔斎が行われる(ある種のトランス状態になる)など、または、お祀りに四時間かかり、その間はすべて正座であるとか。

 

陛下はその長時間の正座に耐える体を作るために、半年前から正座の訓練を行うなど。聞いただけでも気の遠くなるような生活ですよね。。

 

しかし、そのお祀り中にもしミスをしたら?もし神様に失礼があったら?とお考えになると、面倒くさいとかそういった感覚は一切ないのでしょうね。

 

陛下の責任感はまさに、日本の運命はすべてこの祭祀に掛かっているという重さなのです。

 

神様にささげる献饌、つまりお供え物に失礼があってはいけないということで、献饌に使うお米を自らお作りになるほどです。田植えからご自身でなさいます。

 

誰かの為に一生を賭して祈ることができますか?

 

天皇の祈り。

日本建国から125代続いてきた一族の大事な大事なお仕事なのです。

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

皆様に良いご縁が結ばれますように!

【朝山神社】神在月に八百万の神々が真っ先に訪れる神社とは?

2018年11月8日は旧暦10月1日にあたります。出雲ではこの日から神在月(かみありづき)となります。

 

神在とは名の通り、神様がお集まりになるからであり、この期間中は出雲以外では「神無月(かんなづき)」と呼びます。

 

そんな神在月の到来を告げる神事が朝山神社で行われました。

 

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本日15時から行われたイベントとは、「神迎祭(かみむかえさい)」と呼ばれ、八百万の神をお迎えし、十九社(じゅうくしゃ)へとお通しする神事です。

 

 朝山神社の神迎祭

15時ごろ神社の氏子が集まり、朝山神社へご到着になった八百万の神を神籬(ひもろぎ)に降ろします。

 

神籬に降りた神は神社の境内へと歩を進めますが、そのご神体を見ることは失礼に当たります。

 

氏子が持つ絹垣(きぬがき)によって包まれて移動なさいます。

 

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氏子集の真剣な面持ちがその場の雰囲気を張り詰めたものにしていきます。ミスは許されないのです。

 

出雲で一番最初に八百万の神を受け入れる神事です。神様に失礼があってはこの後の神事に支障をきたすことになります。

 

こんな責任のある仕事が他にあるでしょうか?

 

やっとのことで十九社に到着すると、神籬は十九社の中へと納められ、絹垣が外されます。

 

丁重に献饌が行われます。いわゆるお供え物ですね。

 

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ものすごい量です!おもてなしがすごい!!

 

その後氏子から順番に榊(さかき)をささげ、お祭りが終了。

 

お神酒とお米、お札をもらって神事は無事終了となります。

 

十九社についてはこちらの記事をご参照ください

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朝山神社の謎

謎その1 出雲大社よりも早く八百万の神をお迎えする。

全国的に有名な神迎祭は出雲大社の方ですが、それは旧暦10月10日、つまり2018年は11月17日という事になります。

 

出雲大社よりも10日も早くお迎えする朝山神社にどんな意味があるのでしょうか!?

 

なぜ八百万の神はこの神社に寄り道(?)するのでしょうか!?

 

 

真っ先にお越しになるところをみると、寄り道というよりもっと深い意味がありそうです。

 

 

謎その2 八百万の神が滞在する期間

八百万の神出雲大社に滞在する期間は7日間です。

 

それに対して朝山神社に滞在する期間は10日間なのです!!

 

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これは絶対に何かあるに違いありません!!

 

 

朝山神社の謎を解くカギ!?

出雲風土記に意味深な記述

出雲の風土記の記述はこうです。

「朝山郷。神魂命(カミムスビ)の御子、真玉着玉之邑日女命(またまつくたまのむらひめ)が鎮座していらっしゃった。そのとき所造天下大神、大穴持命が娶りなさって、朝毎にお通いになった。だから、朝山という。」

 

大穴持命とは大国主命の別名です。

出雲風土記では所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)という呼び名も出てきます。

 

大国主命にはたくさんの呼び名があります。 

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 正妻スセリヒメの目を盗んでは色んな地方の女神を求めた大国主命。今回もその熱心な姿が週刊誌に載ってしまった感じですよね。週刊誌ではなく風土記ですが。。

 

 

大国主命が通っていたから、八百万の神も通うようになった!?

 

 

それなら正妻スセリヒメを祀った、那賣佐神社(なめさじんじゃ)の方がふさわしい気もします。

 

ちなみに那賣佐神社はこちら

 

 

謎の神様 「真玉着玉之邑日女命」

またま つくたま むらひめのみこと

 

お名前をブロックごとに割ってみても、本当のお姿が分からない、お名前に込められた意味も分からない。

 

真玉を作っていた姫?もしかしたら名前には大した意味はないのかもしれないですし、本当は違う名前をお持ちなのかもしれません。

 

ただ、カミムスビの娘と言えば・・・大国主の命を救ったあの神様・・・?

 

 

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あの女神と同一人物だとすると、出雲大社の御本殿の中にカミムスビの娘が祀られているのも納得です。もしかしてこの神様は・・・!

 

 

この神社の摂社には興味深い神様がたくさん。

この謎を解くことができるでしょうか!?

  

 

朝山神社へのアクセス

出雲大社から車で50分程度、そして完全に山の頂上にあります。

 

 

バスで上がることも不可能ですので、タクシーかレンタカーでお越しになるのが良いでしょう。

 

ただし細い道を上がりますので、運転に自信のない方はタクシーで!

 

今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

皆様に良いご縁が結ばれますように!

【神在月】2018年本当の神在月はこれから!出雲大社へお越しください!

出雲への観光客はこのところ凄い数で、地元民としては嬉しい限りです。

 出雲に関心を持って頂くことに、この上ない感激と歓迎の気持ちを抱いでいます。

 

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しかし、本当の情報を求めていらっしゃる方にはセールスが絡まない情報をお届けしたいと願っています。

 

あえて言います。

本当の神在月はこれからです。

 

 

2018年の旧暦10月は?

ずばり11月8日が旧暦10月1日に当たります。現在の暦の10月に、

神在月だと思って出雲に来たのに、何の神事もやってない

という旅行をされると残念な事ですよね。

 

神迎祭、神在祭、神等去出祭などは旧暦に基づいて行われます。

 

今年の日程などはこちらでご確認を!

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 逆に、今年は神在月に出雲に行けなかったな・・・と思っていた人には朗報です。

大丈夫です、11月8日からが神在月です!!

 

 

 神迎祭の謎

以前の記事で神迎祭は11月17日だと書きました。これは最初に神様が降り立つ場所は稲佐の浜であり、そこから神様は出雲大社を目指して歩くのだと。。。

 

こちらの記事をご参照ください 

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 これは実は裏話というか裏技的なものがありまして。。

出雲風土記に書かれた由緒ある「朝山神社」というところにはなんとあの「十九社」があるのです。

 

十九社についてはこちらの記事をご参照ください

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そうです、いわゆる八百万の神が宿泊するホテルなのですが、これが朝山神社にあるということは、八百万の神朝山神社に滞在するということですね!

 

 

出雲大社からは車で50分ぐらいの少し離れた位置にあります。

 

 

 稲佐の浜からは船で近くまで行けるものの、そこからわざわざ山の上まで上がったところにあるお社です。

 

これは何を意味するのか?

しかも11月8日から11月17日まで実に10日間も滞在するのです。

 

これは出雲大社での滞在期間よりも長いのです!!

 

この謎はまた、朝山神社の記事で書いてみたいと思います。

最後まで読んでくださってありがとうございます!

 

皆様に良いご縁が結ばれますように!

 

 

【三歳社】初心者にはオススメできない摂社!でも正月には。。〜出雲大社の歩き方〜

出雲大社楽殿の裏には三歳社という摂社がある。初心者にはオススメできない理由、それはつまり、、

 

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すごく勇気がいる道のりだからです!!

 

え?なに?ここから先は自己責任!?

 

観光気分も飛んでしまいます。。

そしてこの看板の向こうに見える参道は、

 

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明らかにへと続いています。

神様を信じて一歩を踏み出せるかどうか!

ちなみに神楽殿からここまで300mくらいは歩くはずです。

 

1人で歩いてきたなら気持ちが折れるかもしれません。。

 

勇気を出して進むと。。

 

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どんどんと山に入って行き。。

 

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ついに来た!いつでもシカと会えそうな雰囲気!もう覚悟を決めましょう。

 

昔の人はこうやって神様を拝みに来てたのでしょうから。木の上で鳥が沢山鳴いてても気にしない!

 

ちなみにカラスの巣に出くわした場合は死ぬ気で逃げてくださいね。本当に死ぬまで襲撃されますよ。

 

そして、

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この橋が見えたらお社はもうすぐ!

橋を渡り、最後の坂を登るとー

 

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ようやくたどり着きました。

 

三歳の社の御祭神

大国主命御子神   事代主と 高比売神

素戔嗚の孫   御年神

以上三柱の神様です。

 

 

三歳の社のお祭り

毎年1月3日に福迎神事(ふくむかえしんじ)が執り行われます。この日は沢山の人が訪れ、福柴と福茅をいただきに来ます。

 

普段は人が来ないこのお社もこの日ばかりは人がたくさん。

 

福迎え神事は深夜1時に執り行われます。

 

福柴と福茅を受け取った人は、

家に福を迎えることができ、その一年を幸福に過ごせるのだと伝わっています。

 

三歳社の謎

元々は事代主と高比売だけを祀っていたお社。そこへ素戔嗚の孫である歳神を合祀した。

 

歳神と言えば父は大歳である。大歳と言えば神武天皇よりも前に大和王国を治めていた謎の神様。

 

元々出雲系の神が祀られていた三歳社に、後から大和の神が合祀されて、ご神徳も大和の神が目立っている。

 

そして何より謎なのは、

三歳社は真東を向いているのです。

 

三歳社から真東の方向にあるのは

当時の大和王権の地方行政機関、出雲国庁!

 

出雲大社の御本殿が西を向いているのに対し、三歳社は東を向いている。

 

出雲大社の摂社には謎がいっぱいですね。

 

皆様も神社に参拝する時は本殿の向き、しめ縄の方向などを確かめると意外なことがわかるかもしれませんよ。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!

 

皆様に良いご縁が結ばれますように!

 

 

 

【国引き神話】古事記に載らない出雲の国を開拓した神様

出雲には古事記に登場しない神様がいらっしゃいます。今回ご紹介するのはこの神様。

 

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八束水臣津野命

(やつかみずおみずぬのみこと)

 

 

この神様が祀られている神社は全国でも数社しかなく、その殆どが出雲にあります。

 

この神様の成し遂げられた偉業とは、まさしく出雲の国を造ったといえます。

 

 

国引き神話とは

むかーしむかし。出雲の国に八束水臣津野命という神様がおられました。

 

「この国は何度も狭い国だ。まるで、細長く置かれた布のようだ。」

 

と憂えて、海の彼方をご覧になると、新羅の国に土地が余っているのを発見されます。

 

「余っている土地を引いてこよう」

 

と決断なさると大地に大きな杭を打ち、大きな縄を掛けると、反対側を新羅の国に引っ掛け、ぐいぐいと引っ張りました。

 

そして引き寄せられた土地は現在の出雲大社がある杵築(きずき)の岬となり、打たれた杭は三瓶山(さんべさん)別名 佐比売山(さひめやま)となったのです。

 

また、この引っ張るのに使った綱は薗の長浜になったのです。出雲大社から大田市へ走る日本海沿いの道路ですね。

 

このあとも命は沢山の島を引き寄せます。

 


鹿島町あたりは隠岐の島から、本庄町あたりは良波(比定地不明)の国から、


美保関は能登半島から、その時打った杭は大山となり、引っ張るのに使った綱は弓ヶ浜になったのです。

 

このように八束水臣津野命の神話は他の神様とはスケールが違い、物凄くダイナミックです。

 

この神話は出雲風土記のみに収録されています。

 

 

国引き神話が意味するもの

出雲国統治権は広域に及んだと伝わります。西は九州、東は信州まで。

 

そのネットワークを考えれば、特に美保関が越の国(能登)と交流があったのも疑う余地がありません。

 

対馬海流に乗れば船で交易するのは難しくなかったでしょう。同じように新羅とも交流があったのではないでしょうか。

 

出雲国は武力ではなく、こうした貿易によって広がったと私は考えます。特に出雲は鉱山に恵まれ、銅剣・銅鐸などは出雲王家との絆の証として数々の国に贈られました。

 

黄金色に輝く剣を持ってこられたら、

「おお!神が来た」と思いますよね。

 

これに加え、大国主命が沢山の妻を娶ったのも、国を平和に統治する手段だったのでしょう。親戚には攻め込めませんからね。

 

国引き神話が意味するものは、出雲国がこうして統治圏を広めていったことを暗示しているのでしょう。

 

八束水臣津野命にお会いするには

私が知る限り以下の三社しかありません。

 

出雲にある長浜神社

出雲にある富神社

日野町にある金持神社

 

何か大きな事を成し遂げたいと思っている方はぜひお参りください。

 

想いが強い人はご神徳が得られるかもしれません。

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

皆様に良いご縁が結ばれますように!

 

 

【万九千神社】八百万の神の直会の場所!

出雲大社から東へ13km。

八百万の神直会(なおらい)をする場所として有名な万九千(まんくせん)神社があります。

 

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別名まくせのやしろとも言い、大昔はこの周辺が曲がりくねった道だった事を示します。

 

この周辺は斐川町と呼ばれ、斐伊川の流れによって砂が堆積して出来た土地であり、大昔とは地図が変わってしまいました。

 

斐川町の神社には「この神社は川の水際に建っていた」などの御由緒が書いてある事も。

 

万九千神社と言えば、神等去出(からさで)の最終地点として有名です。出雲大社を出発した八百万の神佐太神社に御墓参りに行き、ここ万九千神社から帰って行きます。

 

また、万九千神社の周辺を斐川町「神立(かんだち)」と呼びますが、古来より地元の人が神様が旅立っていかれるのを静かに見守ってきたことを表しているのでしょう。

 

 

八百万の神直会

旧暦10月17日(2018年は11月24日)に神迎祭がなされ、旧暦10月26日(2018年は12月3日)の夕刻、出雲大社の神等去出祭と同じように扉が叩かれ「お立ち~」と発声します。

 

この晩、八百万の神々は万九千神社で直会をすると言われています。直会とはお酒を飲んで素直に話をする会の事です。

いわゆる、飲み会です。

 

つまり居酒屋 万九千で打ち上げをして旅を締めくくるのです。

 

 

季節の変わり目を伝える神等去出

飲み会を終えた翌朝、八百万の神々はいよいよ旅立ちます。この直会の夜から、出雲は毎年必ず大荒れとなります。大風が吹き、みぞれ混じりの雨が降り、北西の季節風の到来です。

 

ちょうど晩秋から初冬に移り変わるこの日に、神威を感じる風習があったのでしょう。地元の人は大荒れのこの日には家に閉じこもり、寝床で静かに過ごし神様がお立ちになるのを静かに待ちます。

 

直会の夜、

万九千神社の境内を覗くことは禁忌です。

 

それどころか、外出することも、大騒ぎすることも控えられ、町中が静まり返ることから「お忌み」と呼ばれています。

 

 

ゴールデンウィークは大直会

神様が旅立っていくこの神社では、毎年5月6日頃に大直会(おおなおらい)という楽しいイベントが行われます。

 

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このチラシは平成29年の物ですが、

出雲蔵元が大集合!出雲そばも出店!

神社の本殿でJaz LIVE!

 

といった思い切りのいい企画でした。神様も一緒に無礼講といったところ。

お酒はちゃんとお燗にして提供され、一杯250円でした!

 

ゴールデンウィーク出雲大社もいいですが、万九千神社でとことん飲むのもいいですよ!神社の境内で酔い潰れるなんて経験はなかなかできません!

 

境内にはもう一つ神社が!

なんと万九千神社には境内にもう一つ神社があります。立虫(たちむし)神社といいます。

 

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写真右手が万九千神社、左手が立虫神社です。

 

元々、立虫神社は斐伊川の中州(万九千神社の南西800m)に位置していました。江戸時代に斐伊川洪水の影響によって、現在の地に遷座されたと伝わります。

 

御祭神は素戔嗚の御子、五十猛(いそたける)と大屋津姫(おおやつひめ)、抓津姫(つまつひめ)の三つ柱です。

 

この三つ柱は主に木材、植林、建築を司る神です。

 

 

ちなみに万九千神社の御祭神は大穴牟命(おおなむじ)、少彦名命(すくなびこ)、八百万の神、そして櫛御気奴命(くしみけぬ)となっています。

 

櫛御気奴命という神は謎めいた神です。この神を巡っては色々な説が論じられていますが、これを解く鍵は出雲国一ノ宮 熊野大社にあります。

 

そうです。出雲には一ノ宮が二つあるのです。

 

これには出雲大社創建から現代まで続く、大いなる謎が関わって来ます。この続きはまた次回、熊野大社の特集で書きますね。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!

 

皆様に良いご縁が結ばれますように!