【赤秦神社】成長する石?世代交代する御神体の謎!

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巨石や磐座ファンの皆様にご紹介したい!

今回は何と成長する石!?をお祀りしている神社赤秦神社(あかはだじんじゃ)をご紹介します。

この神社の御神体は石なのですが、なんと年々大きくなっていくと言うのです。まったく意味不明ですよね。。早速詳しい解説をしていきますね!

赤秦神社の御本殿

この御本殿の中には御神体となる巨石が納められているのですが、その巨石は年々大きくなっていくため、次第にこのお社の中に納まらなくなるのだそうです。

そして現役の御神体を玉殿に納め、大きくなってきた先代の石を「若隠居さん」と呼んで、隣に置かれているのだそうです。

神社御由緒

本殿の中にご神体用のお社、御内陣玉殿があるというのも大変珍しいですが、先代の御神体が隣に置かれるというのも不思議。そしてさらに、この若隠居さんの先代の石が存在しているのです!

この石は隠居さんと呼ばれ、現在の御神体から2代前の御神体ということでしょう。隠居さん→若隠居さん→現在の御神体という世代交代があったのですね。

境内には隠居さんを凌ぐ大きさの巨石が横たわっています。これはいったい・・・?なんの説明書きもありません。。。

赤秦神社の御祭神

猿田彦神(さるたひこのかみ)

この神様は天孫降臨の際に道案内を務められた神様。天孫降臨とは出雲の国譲りが成立したあと、天照大御神の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が地上を統治すべく降臨された神話です。

猿田彦神は瓊瓊杵尊が降臨するのを出迎え、道案内をお務めになった後、アメノウズメという踊りの神様とご結婚なさいました。

異形の神としても知られ、鼻が長く、目はほおづきのように輝いていたとされ、天狗と同一視されることも。道案内をお務めになった事から、道祖神と同一視されることもあります。

本殿脇には猿の石像があります。猿田彦の頭文字にちなんでいるのでしょうか?少し変わった神使と言えますね。

赤秦神社の社殿

拝殿と本殿が回廊で繋がっておらず、完全に別のお社となっています。明治時代以前にはこういった建築様式の方が一般的だったそうです。

本殿は出雲系の大社造、千木も出雲系の男千木、御神紋は亀甲に剣花菱。

社殿は北西の方角を向いており、出雲大社の方角とも言えます。

赤秦神社へのアクセス

山陰道の斐川インターを降りて、自動車で約20分程度です。公共交通機関などは通っていません。マイカーかレンタカーでの移動をおすすめします。

近くにはヤマタノオロチ神話の残る布須神社があります。

【布須神社】ヤマタノオロチ退治後にスサノオが来たもう一つの布須?

まとめ

猿田彦となんの関係があるのかはわかりませんでしたが、成長する巨石を祀る神社でした。しかもその成長は今でも続いており、現在が三代目。どのくらいの期間で世代交代を迎えるのかも興味深いですね。

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