出雲大社の歩き方

縁結びで有名な出雲大社や出雲の魅力について語ります

神話を学ばなくなった民族は例外なく滅びる?日本人がこれからすべきこと

タイトルに示しました格言は、歴史学者が放った衝撃的な発言です。

 

神話にはその国の文化や国民の価値観が定義されています。

 

神の振舞いや成し遂げられた偉業は、国民にとって理想の行いと信仰されます。

 

神の足跡が残る場所は祭祀が行われ、人が集まります。

日本では神社などがそうですよね。

 

また、全ての地名は神の名前や、神の行動に由来し、食べて良いもの悪いものに至るまで神の教えによって決まってしまいます。

 

そして神の名前は、国民が困難にぶつかったときに何度も唱えられ、祈られるのです。

 

まさに神話は国民の文化や生活を全て決定づけます。

 

もし、この神話が完全に忘れられたらどうなるでしょうか?

 

今回は私たちが次の世代に、私たちの子供に残していかなくていかない「神話」について書いてみます。 

 

 

 神とは日本人の祖先

日本にはたくさんの神様がいらっしゃいます。

 

日本の神様とは西洋圏のGODとは違い、私たち日本人の親神、

つまり祖先のことです。

 

全く縁遠い存在などではなく、古くは血を分けた祖先であり、その神様は万物に宿ると言いますので、まさに神様を感じない日はないはずです。

 

自分一人しか居ない空間でも、ゴミを投げ捨てたり、ズルをしたり、悪い事をしないのは「神様が見ておられる」と信じるからですよね?

 

神社に祈るのは、「神なんていない、信じていない」と言いながらも、「バチが当たったらいけない」と何処かで思っているからではないでしょうか?

 

これが日本人の

本来の価値観であり、人生観なのです。

 

つまり、「いかに生き」「いかに死んでいくか」ということです。 

 

 

そんな日本人のアイデンティティは、祖先が生きてきた人生観を学ぶことで現代まで継承されてきたのです。

 

そして、その人生観を学べる書物が古事記なのです。

 

そして、古事記を読めば我々の祖先が神であることがよくわかります。

 

 

古事記の大まかな流れ

古事記は編纂者である太安万侶天皇陛下に奏上する形で始まります。

 

そしてそれは、この世の始まりから説明し始めます。

 

  • 世界の始まり

この世にまだ何も無かった頃、突如として天御中主(アメノミナカヌシ)という神様が出現します。そしてこの神はすぐに姿を消します。

 

その後、高御産巣日(タカミムスビ)と神産巣日(カミムスビ)が現れます。

 

その後も幾柱かの神様が出現しますが、いずれも男女の区別はない独り神でした。

 

いよいよ男女の神が出現し始め、その最後に誕生した男女の神が伊奘諾(イザナギ)と伊邪那美イザナミ)でした。

 

 

  • 国生みと神生み

伊奘諾と伊邪那美はまず、日本の国土を生みました。

 

次に神を生み出します。

たくさんの神が生まれましたが、最後に火の神様を生産んだところで、伊邪那美は大火傷を負い亡くなります。

 

伊奘諾は大いに悲しみ、伊邪那美の死を受け入れることができません。

 

黄泉の国まで伊邪那美を迎えに行ったのですが、結局は夫婦喧嘩となり破局を迎えます。

 

 

黄泉の国の穢れを祓うため、禊を行った伊奘諾は、この禊によって最も尊い神を生み出します。

 

それが天照大御神(アマテラス)、素戔嗚尊スサノオ)、月読尊(ツクヨミ)の三柱です。

 

この後、天照大御神素戔嗚尊は色々と揉めてしまい、素戔嗚尊は地上に降ろされてしまいます。

 

そして素戔嗚尊大国主命と出会い、出雲の国を治めるのに力を貸すことになります。

 

出雲の国は天照の孫、邇邇芸(ニニギ)が治める事となり高千穂に降臨し、ここに国譲りが成立します。

 

邇邇芸の三代孫の神武(じんむ)は高千穂から奈良を目指し、西日本を統一。

 

橿原宮で初代天皇に即位したのでした。

 

このあと古事記は神話の文体を抑えめにし、天皇が活躍する「人間の時代」を描写していきます。

 

つまり古事記は、前半部分で神話。後半部分は天皇の事になっているのです。

 

平成の今上天皇陛下は、この神武天皇から数えて125代目の天皇となります。

 

つまり、現代の皇室はこの古事記ストーリーこそが血統を示す系譜となるのです。

 

そして我々日本人は、何らかの形で当時の人たちと血を分けた子孫であるはずです。

 

ですから皇室は我々の祖先であり、その皇室が祖先と定める天照大御神を総氏神と崇めるのです。

 

古事記奈良時代に編纂された書物です。

当時の有力豪族の言い伝えを全て織り込んで作られたことで、「すべての有力豪族は神と血縁がある」として、大和王権を盤石なものとしたのです。

 

 

学ぶ事を禁じられた古事記

日本人と神との血縁を示す古事記

 

そして、その神が困難に直面した時にどう振る舞ったのか。

 

神であっても、たくさんの失敗をし、傷つき、戦い、色々な顔を見せてくれます。

 

神は決して完璧な存在ではなく、むしろ我々に多くの教訓と共感を、そして尊敬の気持ちを抱かせます。

 

昔は古事記を学校でも読ませていました。

しかし、それは昭和前期で終わります。

 

世界戦争に突入したからです。

 

そして敗戦によってアメリカの統制下に敷かれた日本は、アメリカに最大の侵略をされてしまいます。

 

武器を取り上げることよりも、さらに恐ろしい「日本人の価値観を変える」という侵略を受けます。

 

それが教育とメディアの規制でした。

 

古事記を学ぶ事を禁止し、天皇陛下を敬う事を禁止したのです。

 

それから70年余り経った現代では、本当に神の存在を信じない、天皇陛下の事を知らない子供たちが大人になってしまいました。

 

日本建国の歴史を忘れ、神の名前も神社の意味も分からなくなってしまいました。

 

アメリカの野望はある意味で大成功。

 

神社や日本文化が辛うじて残っているのは日本語を使っていたからです。

 

詳しくはこちらの記事をご参照ください 

www.izumo-enmusubi.com

 

 

そして日本はアメリカの文化を大いに取り入れ、衣食住全てが欧米化してしまいました。

 

当然価値観も欧米化し、日本の伝統に対してとにかく否定をしまくる左翼主義が蔓延しています。

 

ではこれから私たち日本人はどうすればいいのでしょうか?

 

 

これから日本人がするべきこと

神を信じなくなってきた現代でも、日本人はどこかに神様の存在を感じながら生きていると思います。

 

日本の神道は「信じなさい」と強制はしません。

 

なぜなら神道は宗教ではなく、我々日本人が歩いてきただからです。

 

ですから教えを説くものではなく、自ら「こういうことかな?」と学ぶものなのです。

 

道とは、武道や茶道、書道などと同じで、先生のなりふりを見て自ら学ぶうちに、自分の道として開花していくものなのです。

 

このような精神を

神道言挙げせず」

 

つまり神道とは敢えて説明はしないものなのだ。とルールづけてきたのです。

 

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つまり、見て覚えるものだから説明しない。

 

感じるものだから説明しない。

 

自分で良いと思って行動したことの先に、道が出来ていくのだ。

 

などと長い伝統があるだけに、人々の口伝えによる伝承がうまく続いていくものだと信じていた。いや、信じ切っていたのです。

 

もうこの「言挙げしない」時代は終わりました。

 

これからは真実を語って行かねば、継承されないのです。

 

だって、習う事を禁止されていた時代が長かったのですから。

 

1世代飛んでしまったのです。

 

戦後に生まれた親は、神話を教えてくれたでしょうか?

 

平成に生まれた子供たちが、古事記を読んだり、神社に興味を持ったりできるでしょうか?

 

 

今こそ日本人がすべきことは、

神話に関心を持ち、神社に詣でる事から始めるべき

だと、私は思っています。

 

 

 

皆様はどう感じられたでしょうか?

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆様に良いご縁が結ばれますように!