古代には超巨大神殿だった出雲大社。実はその巨大さ故に何度も壊れてしまった歴史があるのです!

そんなに苦労してもなお造り続けられた謎の神殿。そこにある人々の思いとはいったい!?今回はそんな出雲大社本殿の謎についてご紹介します!

 

出雲大社本殿の倒壊

神社が建てられるようになったのは奈良時代、仏教が伝来した当時からだと考えられています。その理由もあって、神社を遷宮するという事もそれ以降に実施されてきたことになります。

出雲大社が実際にいつから存在するのかは明らかではありません。しかし、様々な書物に残る苦労の歴史。。

 

出雲大社の倒壊年表

1061年(康平4年)  倒壊

1108年(天仁元年) 倒壊

1109年(天仁2年)  倒壊

1141年(保延7年)  倒壊

1172年(承安2年)  倒壊

1235年(嘉禎元年) 倒壊

平安時代から鎌倉時代にかけて実に6回も倒壊しています。

これほどまでに倒壊するとは・・・一体その大きさとはどのくらいだったのでしょうか?

 

古代出雲大社の大きさ

出雲大社の大きさはとにかく巨大。言い伝えをまとめると下記のようになります。

 

神話の時代の出雲大社

古事記に見える国譲り神話によると、出雲の国を天照大御神に譲った大国主命はその功績をたたえ、天照大御神の住む宮殿と同じくらい立派な宮殿を建ててもらう事となりました。

この頃はもちろん証拠となるものがありませんが、古事記にはこう書かれています。

 

「千木が天空に突き刺さるほどの大きさであった」

 

出雲大社の社伝によると98mの高さだったとされています。この頃の出雲大社は神社ではなく、大国主命の鎮まる宮殿という表現になっています。

 

奈良~平安時代の出雲大社

659年、斉明天皇が出雲大社を修造したという事が歴史に残っており、少なくともこの奈良時代には出雲大社が神社として存在していたことになります。

平安時代になると、当時の子供たちの教科書であった口遊(くちずさみ)という書物に出雲大社の大きさについて書かれています。

 

~口遊~

雲太(うんた)、和二(わに)、京三(きょうさん)

970年 源為憲の著作

 

雲太とは出雲大社、和二とは東大寺大仏殿、京三とは京都御所の大極殿の事を示しているとされています。

つまり、平安時代の子供は日本で一番大きい建物は出雲大社で、奈良や京都の立派な建物がその次に大きいのだという教育を受けていたことになります。

平安時代の出雲大社は48mの高さだったと伝えられています。

 

戦国時代の出雲大社

鎌倉時代以降、武家が国を治める時代となり、神社は武家の影響を強く受けるようになりました。

出雲大社を含む全国の神社は武家の力によって遷宮や修造をするようになっていきます。

戦国時代の出雲大社は18mの高さだったと伝えられています。

この社殿の縮小化は鎌倉~室町~江戸と継承されていきました。出雲大社ではこの時代の社殿を「仮殿式」と呼んでおり、本来の大きさではないという認識を示しています。

そしてこの仮殿式は鎌倉時代から江戸時代まで、実に500年間も続いていきます。

 

江戸時代の出雲大社

かつての大きさを取り戻したい出雲大社の社家の人々は、江戸幕府に熱心な交渉を続けます。

そして1667年、平安時代の半分の高さ24m、敷地面積は平安時代と同じ規模を取り戻しました!

これをもって正殿式と称し、本来の雲太の規模を取り戻したという事を宣言しているのです。

 

現代の出雲大社

社家の方々が苦労して取り戻した江戸時代の正殿式復活は、現代の出雲大社に引き継がれています。現代の出雲大社は高さ24m!

そして平成12年。

平安時代48mあった頃の出雲大社の存在を証明するものが発掘されてしまいました!

本殿の前からかつての大柱が発掘されたのです!

大きな柱を3本束ねたその姿は、出雲大社の社家に代々伝わる設計図面とその形状が完全に一致!もう巨大神殿の存在を疑う余地はなくなりました。

 

 

古代の出雲大社が意味していたものとは何か?

古代から大きさにこだわって建設を繰り返してきた出雲大社。それはなぜなのでしょうか?

これまでの情報を整理して、僕なりにまとめた考察をご披露してみます。いずれも未完成な理論となってしまいましたが、今考えられる範囲の考察です。

 

出雲大社は古代の灯台!?

古代において出雲大社の周辺はほとんど海でした。

本殿の北側に鎮座する八雲山山系は陸地でしたが、ちょうど出雲大社がある位置が岬となり、その南側は内海が広がっていました。

これは現代の神西湖、宍道湖、中海の事を指します。

つまり、出雲大社を入口とした内海であり、もしかすると出雲大社は船乗りたちの目印であり、灯台のような役割をしていたのかもしれません。

日本海の荒波を避けられる内海は、船を停泊させるのに格好の場所。

神在月に全国からお越しになる神は、稲佐の浜に到着されます。

これは古代に出雲大社を目印に航海をしてきた人々が、稲佐の浜辺りから上陸したことを示しているのではないでしょうか?

 

出雲大社のご神体に由来する高さ!?

素鵞社

出雲大社の北側には禁足地である八雲山があり、その麓には最大のパワースポットとして人気の高い素鵞社(そがのやしろ)があります。

実はこの八雲山の高さが100mなのです。

つまり、この八雲山と同じ高さにする事こそに意味があり、ずっとこの高さにこだわってきた。

その後、神社神道が確立してくると、八雲山の祭祀は素鵞社において行い、出雲大社の本殿は大国主命をお祀りする祭祀に変化してきたという考えです。

古代は山や岩などを拝んでいた訳ですので、八雲山の祭祀から始まったのだと考えられます。

その後の神社神道では、社殿に神をお呼びするというお祀りの仕方になりましたので、社殿の高さは100mにこだわらなくなったのかもしれません。

そうなると今度は48mにこだわってきた歴史も謎が残りますが・・・

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

とにかくその大きさが規格外な出雲大社。現代の24mという高さでもすごいのに、建設重機などがなかった平安時代に48mの高さを建設していたというのは、正直全く現実味がありません。。。

それでも様々な文献や言い伝えが残す、巨大神殿の存在。ついには物的証拠が発掘され、もうその存在は疑う余地がなくなりました。

どんな意図があってこの巨大神殿を守ってきたのか。色々と想像するたび、遥かな古代出雲にタイムスリップさせてくれます。

 

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