出雲大社の日本国旗は日本一!?

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

出雲大社の西側にある神楽殿には、参拝者の目を引くものがあります。もちろんその中でも一番メジャーなのは大しめ縄ですね!このしめ縄は日本最大級で全長13.5メートル、重量4.5トンにも及びます。

が、しかし!

実はこの近くに、もう一つの日本一があるのです!

それが今回ご紹介する日本国旗です!

出雲大社の日本国旗は日本一!

真下から見上げると、首が痛くなるほど遠くに。。

この日本国旗は9×13.6㎡、畳75畳分もあるのです!

間違いなく日本一の大きさ!!

ポールの長さは47メートルもあるのです!

古代の出雲大社は高層神殿だったことが知られていますが、その高さが48メートルだったと言われています。

この日本国旗の高さは古代の出雲大社の高さとほぼ同じなのです!

大しめ縄をご覧になった後は、忘れずにチェックしてくださいね!日本一の国旗を見たうえに、古代の出雲大社の大きさを感じることができますよ!

日本国旗とはどんな意味を持っている?

正式名称:日章旗(にっしょうき)

英訳名称:Rising Sun Flag

通称日の丸とも呼ばれる日本国旗は、白と紅色をつかったシンプルな模様です。これは太陽を象徴したデザインとされています。

聖徳太子の時代に中国に宛てた書簡に、「日出る処の天子~」と謳った事に象徴されるように、日本は古くから太陽を信仰していることが明らかです。また、このころ国号を「日本」としたことから、対外的にも「ヒノモト」つまり「日が昇る国」であると宣言したのです。

太陽信仰を象徴するものとして、日本の最高神が天照大御神(あまてらすおおみかみ)であることがありますね。

日本国旗はいつごろから使われるようになった?

文献に登場するのは、797年(延暦16年)の『続日本紀』にある記述が最初です。もちろんその前から使われていたのでしょうが、文字に残されているものはこれが最初。

701年、文武天皇が正月飾りに太陽を象った旗を飾ったとあります。しかし、このころの旗は白地に紅ではなかったようです。高松塚古墳やキトラ古墳などを見ると太陽を象徴する色は金色、月を象徴する色は銀色として描かれており、平安時代までは赤地に金色が日章旗だったと考えられています。

源平合戦が日章旗を変えた!?

平安時代末期、源氏と平氏は天皇の跡継ぎ問題に端を発した代理戦争を繰り広げました。この時、平清盛を筆頭に大きな権力を手にしていた平氏は天皇の旗である錦の御旗(にしきのみはた)、赤地に金色の旗を掲げました。これに対して源氏は白地に紅色の旗を掲げて戦に応じました。

そして平氏は壇ノ浦で滅び、源氏は勝利。後に武家政権が成立すると、代々の将軍は戦に勝利した源氏の末裔を名乗り、白地に赤の旗を掲げるようになったのだそうです。

世界が欲しがる日本国旗のデザイン

シンプルかつ洗練されたデザインである日本国旗は、実は売って欲しいという申し出があったのだそうです。

1874年(明治7年)イギリスが500万円で購入したいと申し出たそうです。これは現代の貨幣価値に置き換えると少なくとも200億くらいにはなりそうです。これが高いか安いかは別として、当然ですが売らなかったのですね。

他にもオランダやフランスからも購入したい意向が届いていたようです。それだけ他国から羨ましがられる国旗を使っているという事を大事にして、これからも永く使っていきたいものです。

まとめ

日本国旗、正式名称 日章旗は太陽をデザインしたシンプルかつ洗練されたデザイン。そのデザイン性の高さと言ったら、他国からも売って欲しいという声があがるほど。

代々天皇の御旗として使われてきたが、白地に紅色と決まったのは源平合戦の頃。そして現在日本一大きい日章旗は出雲大社に掲揚されているのです!

最後まで読んでくださってありがとうございます!

皆様に素敵なご縁が結ばれますように!

旅の便利なツールたち

フォローする