出雲市斐川町直江。斐川公園の裏手にある狼山おおかみやまに鎮座する八幡宮。その名も田波八幡宮、またの名を大神おおかみ神社と言います。オオミワと同じ字を当てて、オオカミと読ませる由縁は元々が狼を祀る狼神社だったからなのです。シンプルな自然信仰から生まれた神社のように見えますが、ちょっと興味深い話もありました。早速ご紹介していきますね。

 

田波八幡宮のご由緒

神社ご由緒書きから引用。

狼ケ森おおかみがもり(おおかみさん)一帯は、現在は斐川公園の名称で町民に親しまれていますが、社殿によりますと昔このあたりはうっそうとした茂った森の中、狼の恰好の棲家であり、民家に出入りしては危害を加え村人を大変困らせていたとあります。

また狼ケ森は戦国時代(1570年頃)尼子・毛利の武将たちが戦に明け暮れた古戦場でもありました。

 

延宝二年の大洪水

江戸時代の延宝二年(1674年)に出雲地方では大洪水が起こりました。松江では大橋が流されたり、斐川では結地区の天神が沖洲地区へ流れたり、平田では久多美の槇戸天神や、出雲では大島の伊勢宮が流れたり、石見では静間神社が流されたと伝えられています。

その代わり平田氏の島村地区では、この洪水がきっかけで広い田地が出来上がったそうです。

実はこの田波八幡宮がある田波地区にも洪水にまつわる伝説が残っています。上庄原にある御崎神社は、この洪水の時に田波から流れてきた神を合祀したとされています。流された田波の神様とは?御崎神社には現在、スサノオが祀られています。詳しくは御崎神社の記事に書いていこうと思います。

 

田波八幡宮・大神神社のご祭神

田波八幡宮

譽田別命ほんだわけのみこと(応神天皇)

 

大神神社

山幸彦命やまさちひこのみこと

 

狼が徘徊して困っていたところ、段原頓阿弥だんばらとんあみという人が山幸彦を勧請して祈ったところ、狼の被害が収まったと言われ、狼を山の神として畏れ敬ったそうです。明治23年10月に、狼ケ森の中腹にあった狼神社を八幡宮に合祀し、狼神社は大神神社と社名を改めたそうです。やはり明治期の神社整理によって合祀され社名が変わり、オオミワと読み間違うような社名になってしまったということですね。

 

田波八幡宮・大神神社の境内

御本殿

社殿は流造で千木などはなく、御神紋は亀甲に違え鷹。方角は真東を向いています。

 

謎の石碑

 

武内神社

武内宿祢?

 

稲荷社

 

社日碑

 

田波八幡宮・大神神社へのアクセス

JR山陰本線 直江駅から車で7分。斐川公園の駐車場がご利用いただけます。斐川公園の入り口から入り、坂道を上がっていくとたどり着けます。

 

狼山から眺める景色も最高です。つつじが綺麗に咲く斐川公園もぜひご堪能ください。

 

まとめ

てっきりオオミワの神を勧請した神社かと思いきや、オオカミを祀っているという意外性。やはり現地に行かないとわからない事ってありますよね。