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鳥屋神社|タケミナカタが投げた千引の岩と伝説の名刀

のどかな田園風景が広がる斐川平野に鎮座する鳥屋神社。周辺の小学校や保育園から子供たちが遠足で訪れる、地元に愛されている古社です。ここはなぜ鳥屋と呼ぶのか?それには有名な神様の事績が由来しているのです。

 

鳥屋神社のご由緒

古事記の国譲りの条に登場する、「国譲りに最後まで反対された、出雲国唯一剛勇の神 建御名方命」に関して、次のようなご由緒が残っている。

 

高天原からの国譲り交渉の使者「建御雷命」が待つ話し合いの場に、千引の岩を両手で捧げて登場した。
「我が国に来て、わけも無いのに国を譲れとはけしからん!」とその岩を投げつけられた。しかし、建御雷命は巧みにそれを避けて反撃。二神の争いはしばらく続いたが、建御名方命の力及ばず信濃国の諏訪まで逃げられ、ついに降参され国譲りを認められた。投げられた千引の岩は内海に立ち、そこへ多くの鵠(白鳥)が群がった。里人達はその風景がまさに鳥小屋のように見えたので、この地を鳥屋という名前で呼んだ。鳥屋社はこの岩の上に鎮座している。

 

このように地名由来神話という内容であるが、つまり二柱の武神はここで争ったということになります。

 

ご由緒が示す通り、この辺りには白鳥が飛来し、田んぼの中を歩いています。カラスも大量に!

この鳥屋以外は内海で、斐伊川が運んでくる砂が長い年月をかけて徐々に堆積し、斐川平野を創っていったというのは科学的にも証明されています。実際に鳥屋神社周辺を掘ると、海だったことを示す貝殻などが出土するのだとか。

記紀が書かれた1300年前は、すでにこの辺りは平野だったことが分かっていますので、少なくとも2000年以上前の時代のお話だと考えられます。国譲り神話がどうであれ、土地の形成史を示すものとして大変貴重なご由緒ですね。

鳥屋は明治時代に隣村の井上いあげと合併し、現在の鳥井とりいという地名に変わったそうです。井上には八幡宮さんがありますが、万九千神社が管理をされています。

 

鳥屋に伝わるまむし除けの名刀

鳥屋神社には江戸時代に「まむし除けの刀」なるものがあったそうです。斐川町の郷土歴史家、岡義重先生が書かれた書から面白い話を引用します。

 

むかーしむかし。別名べつみょう大東おおひがしという家に槍と白鞘の名刀があったそうな。それがどうやら家に祟りをもたらしているというので、鳥屋の山本代宮家に譲られたそうな。ある時、山本さんがこの刀をさして山の中を旅行された時。だいぶ疲れたので一休みしようと、大木の下で休んでいるといつか眠気がさしてうとうと寝てしまいました。すると草むらから一匹の蛇が出てきて足の指を舐めました。その時、腰の刀がすっと抜け出しました。蛇がさっと隠れます。刀が引っ込むと、蛇はまた出て足を舐めます。また刀が抜け出て蛇が隠れます。何べんも繰り返してとうとう蛇は逃げてしまいました。

そこでこの刀が「まむし除け」で有名になりまして、鳥屋神社から刀の印判を押した「まむし除けのお札」が出されるようになりました。今から300年以上前に出版された「出雲神社巡拝記」という本を開いてみますと。「鳥屋村諏訪大明神、当社世人まむしよけの神と唱う、例年二月十七日まむしよけの祭りあり。まむしよけの守を出す。巡拝の人これを受くべし。土人の云う、まむし、若し他所より此村へ入れば急死すと云う。当社の守持つ人は何処へ行きても、まむしのおそれ、かつてなしと云う」とあります。

旧暦二月といえば現在の暦では三月くらいの時期。ちょうど土の中で冬ごもりしていた蛇が出てくる時期に、お守りを配ったということでしょう。

(引用)郷土斐川物語 岡義重遺稿

 

鳥屋神社の宮司は現在も山本さんが引き継いでおられます。伝説のまむし除けの刀も継承しておられるのでしょうか。わくわくしますね!別名から引き継いだとありますが、別名にある神社といえば御名方神社!やはりタケミナカタ系のご神宝なのでしょうか。

御名方神社|書き換えられた御祭神!?タケミナカタの足跡を追え!

 

鳥屋神社の御祭神

建御名方命たけみなかたのみこと

 

オオクニヌシの御子にして、母は高志のヌナカワヒメ。古事記にはオオクニヌシとヌナカワヒメのラブストーリーが丁寧に綴られています。高志を平定するためとか言って、わざわざ出かけていく様を見た正妻のスセリヒメは、浮気しないでと止めるのでした。。そんなことは置いといて、タケミナカタといえば武将からも信仰の篤い神様。国譲り交渉にわざわざ出て行って、最後は負けるという説話がなぜあえて古事記に残ったのか。

兄のコトシロヌシが賛成したのに、なぜわざわざ反対の意を唱えたのか。剛腕で知られたタケミナカタが「あえて負ける」というのは、出雲の戦人たちを「納得させる」ために一芝居打った話だと考えると、戦人の気持ちを理解して父の交渉の邪魔もしない、聡明な神様だったと推察できます。わざわざ諏訪まで行ったのも、地元に残っては「反対しているスタンス」を保ち続けねばなりませんからね。

 

 

 

鳥屋神社の境内

御本殿

社殿は大社造で、千木は男千木、御神紋は丸に梶の葉、方角は南を向いています。

 

丁度お祀りの片づけをしていらっしゃった神職の方に伺うと、御神紋は柏紋だとおっしゃったが、後で調べたところ梶紋だと分かった。梶紋とは諏訪大社でも使われている紋章。

梶の木というのは神木として古来より尊ばれており、梶紋を使っていたのも神社関係の人だけだったのだそうです。現代では七夕の日は竹や笹を飾りますが、もともとは梶の葉や枝を使っていたのだとか。トリビアはこれくらいにしときましょうか。

 

疫神大神

ご祭神不明

 

龍王王神

ご祭神不明

 

伊勢大神

アマテラス?

 

稲荷大神

 

 

矢大明神

稲荷社の横に鎮座し、「鎮韓守護」と書いてある。

 

社日碑

 

 

社日碑

 

鳥屋神社へのアクセス

JR直江駅から車で約7分。駐車場はありますが、すれ違い不可能な田んぼのあぜ道を通る事になります。神社東側に砂利敷の駐車場有り。保育園児が遠足に来ている事も多いので、通行にはご注意ください。

 

 まとめ

国譲りに抵抗したタケミナカタ。彼の投げた大岩が白鳥の飛来する土地となり、現代に続いている。

イザナギ・イザナミを隔てた千引の岩を両手に抱えて登場する剛腕ぶりが、なぜか敗北をしただけでなく、諏訪まで逃げ回るという不思議な神話。

でももっと不思議なのは、タケミナカタが出雲に祀られているのはご法度のはず。だって、タケミカヅチに「諏訪から一歩も出ない」と約束したはず。出雲でも特にこの直江の地には、タケミナカタを祀る神社が4つもあるのです。次回以降、他の3つをご紹介していきます。

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